御法川です。
たった今、明け方の連絡で知りました。
京都で、山口伊太郎翁が鬼籍に入られたそうです。
享年105。
「京都みなみ会館」 での上映初日を控えた、ちょうど一週間前。
伊太郎翁のドキュメンタリーに取り組んでいた二年前のことを、
このブログで回想したばかりでした。 ◎
あなたが思い出してくれた通り、
事前取材のために初めて京都を訪れたのは桜が満開のころ。
京都・紫野 (むらさきの) の地に在るご自宅へ招かれたのでした。
ご高齢であることへの配慮から、せめてご挨拶ができれば・・・
といった程度の心積もりだったはずが、
結局ご家族からも丁寧なもてなしを受けてしまい、
帰路につくころには夜。
電灯の少ない旧街道沿いを、ひとりてくてく宿まで歩いて帰ったのでした。
やはり緊張していたのでしょう。
道端でどっと疲れが出てしまい、神社の境内にしゃがみ込んで
桜を眺めたのです。
視界を埋め尽くすような桜の舞に意識が飛んで、
「気が狂いそうだ」 と、あなたにメールを送ったことも憶えています。
あのころ、あなたはまだ福岡にいたのでしたね。
そんなブログを東京で書いていた27日に、伊太郎翁は息を引き取られた。
ぼくがカメラを据えた京都のご自宅で。
老衰だったとのこと。
これが一期一会というものなのでしょう。
ご冥福をお祈りします。
心から。
伊太郎翁がライフワークとして取り組んでいたのは、
『源氏物語錦織絵巻』。
現存最古といわれる物語絵巻 「源氏物語絵巻」 を、
西陣織の究極の粋を集めて創造しようという試み。
源氏物語の華やかな舞台が描かれていたはずの絵巻は、
すでに色が褪せ、当時の面影はありません。
この絵巻が描かれた時の本来の姿はどのようなものであったのか、
人々は様々に想像してきました。
科学技術を駆使して復元も行われましたが、
伊太郎翁は自らの想像力をふくらませることで色彩を生み、
織物として表現したいと考えたのです。
その仕事に着手したのは、70歳を過ぎてから!
伊太郎翁の人生には定年も引退もなかったわけです。
全4巻の 「源氏物語絵巻」 のうち、3巻までが錦織絵巻として完成。
フランス国立ギメ東洋美術館に所蔵されています。
約30年の年月を要した織物の完成度を、ここで言葉にすることはできない。
ただひとついえることは、
それだけの情熱や労力、技術、時間やお金を尽くしきったとしても、
果たせないものが残る、ということ。
伊太郎翁は、最後の4巻目を2010年に完成させる覚悟でいたのです。
人生というのは、なんて短いんだろう。
伊太郎翁は105歳を生きた。
もっと早くに亡くなられる方もいるでしょう。
どっちにしても、人は生きている間に、ちょっとのことしかできない。
亡くなられた人のことを想うと、やっぱり泣けてくる。
涙が枯れるなんて、ウソだ。
人が生きている限り、涙は枯れない。
◆追伸
ぼくは7月7日(土)に広島 「横川シネマ」 の先行上映へ。
翌8日(日)には、あなたと合流して 「福岡アジア映画祭 2007」。
ぼくらの小さな取り組みも、大きな時間の流れに組み込まれた、
かけがえのない一瞬です。
ぼくらが死んでも、映画は残る。
そのことの意味を、真摯に引き受けたいと思っています。