すでにカレンダーは4月。 (・・・早い!)
新年度・新生活スタートという方も多いですよね。
『世界はときどき美しい』 は公開から丸一年が経ちました。
渋谷のユーロスペースで公開初日を迎えたのが去年の3月31日。 ★
それから全国13の映画館と、国内外13の映画祭を廻ることができました。
ささやかな成果ではあるけれど、
拡大公開される映画が全国のスクリーンの7割を占める中、
『世界はときどき美しい』 のような 「小さな映画」 が
こうして息長く観客と出会えたことを振り返ると、
感慨深い気持ちでいっぱいになります。
小さな映画と簡単に言ってはみたものの、
こんなチャレンジングな企画に四つの企業が資金を投じ、
事業構造を整えた貴重なビジネス・プロジェクトです。
製作費を回収し、それを再分配するためのファイナンスは、
映画が公開されて一年が経つ今もなお継続中。
一本の映画が生み出されることは、本当に気が遠くなる仕事です。
短くない時間を共有したスタッフや俳優たちの顔はひとつひとつ、
ぼくの心のライブラリーの最も価値あるものとして大切にしまってあります。
配給宣伝に尽力してくれた関係各位に心から感謝するのはもちろん、
この映画をご覧になってくださった観客の方々へ
改めてお礼の気持ちを伝えたいです。
このブログも地道に継続してきた結果、
メモリアル・アルバムのような機能を整えました。
この一年のプロセスは、右サイドバーから振り返ることができます。
ネット上に散らばる情報の中で大切なものは全てリンクを張ってあります。
ぼくがまとめた資料やスクラップ・ブックの山は膨大で、
本棚がひとつ丸々埋まってしまったほどですが、
このブログにアクセスしさえすれば、すぐに大切な情報を導き出せる。
今後、劇場公開の機会が無くなっても、
DVDやオンエア、初夏からはTVオンデマンド配信もスタートします。
さまざまなメディアで、繰り返し、映画は出会いを育んでくれるでしょう。
その中から、映画の成り立ちに興味を持ってくれた方々が、
検索エンジンでこのブログを発見し、目を通してくれる。
この小さな映画が日本映画バブルの網目の中でひっそりと
・・・ いえ、確信を持って進んだ道筋を知ってくれたなら、
とてもうれしいです。
ぼくは今日、36歳の誕生日を迎えました。
まだまだ人間として小僧のハシクレなのは、かねて承知。
それでも、生きられる残り時間を映画に捧げてしまったら、
あっという間でしょう。
一本の映画に五年も携わったぼくの強い実感です。
考えるだけで、くらくらしてしまう。
すでに一生かかっても撮り切れない企画の数々を胸に秘め、
着実に 「映画」 と取り組むしかない。
一本でも多く実現できるように。
身のほどを知り、ハラをくくりました。
・・・そんな気持ちから、このブログもひと区切り。
ひとまず、この場所からはサヨナラです。
心機一転の心構え。
このブログを閉じる前に・・・
昨年暮れに招かれた 「KINOTAYO映画祭」 の記録をまとめます。
映画祭の開催国はフランス。
パリへ出かけたのは、2007年11月16日のこと。
なぜ時季外れのレポートを今になって書くかというと、
『世界はときどき美しい』 を創ることを可能にしてくれた人たちへ、
映画の巣立ちぶりを報告し、捧げたいと思ったからです。
偶然と運命が引き寄せた人たちを結びつけ、
一緒になって仕事をする機会を与えられながら、
国際映画祭に参加できたのは監督ひとり。
確かに体を運んだのは、このぼくなのだけど、
出来上がった映画は今や人格を備えたように自立して、
新たな出会いを生む旅へ勝手に歩みはじめています。
ぼくは映画のお供を、しばし務めただけ。
その気分を少しでも報告できればいいな、と・・・。
個人的な旅の記録にしか受けとめられかねないことを、
ここに記すことに思い上がった印象がないか心配なのだけど、
この映画を大切に想ってくれる人がいたら、
きっと興味を持って読んでくれると信じています。
ともかく、映画は立派に育ってくれたみたいです。
◎
KINOTAYO映画祭のKINOTAYOは、「金の太陽」 の読み。
日仏交流150周年記念行事の一環として催され、
07年度の開会セレモニーでは、
桃井かおりさんがプレジデントを務められました。
『あしたの私のつくり方』 (監督:市川準) や
『図鑑に載ってない虫』 (監督:三木聡)、
『ストロベリーショートケイクス』 (監督:矢崎仁司)、
『空中庭園』 (監督:豊田利晃) といった話題作と共に、
現代日本映画の一本として 『世界はときどき美しい』 は招かれ、
パリを中心に5つの劇場で上映されました。
以下、マルセイユの上映に立ち会った旅の記録です。
南仏プロヴァンス地方の中心都市、マルセイユ。
パリ〜マルセイユの移動は車で片道10時間の長旅。
ずっしり重いフィルム缶を積み込んだ車は、
夜明けのパリを発ち、到着したのは夕方。
水揚げされた海産物の匂いが町に染み込んでいて、
生まれ育った伊豆下田の漁港に思いをはせる。
ホテルの部屋から眺めた黄昏の港。
ここから地中海へと通じている。
港を抱くように丘が広がり、町がある。
『勝手にしやがれ』 のジャン・ポール・ベルモンドは、
この町で自動車を盗んだことに端を発して、
刹那の旅をスタートさせたんだった。
上映会場となった映画館 「レ・ヴァリエテ」。
5スクリーンを備えたシネコンながら趣をたたえた外観。
映画館の建物に個性が感じられるのは素敵だ。
劇場の館内ロビーには気分のいいカフェまであって、
町の人たちが自由に出入りできる風通しのよさ。
チケット売場に貼られた、KINOTAYO映画祭のポスター。
その横に、本日のプログラムを告知する貼り紙が!
・・・ セカイ ワ トキドキ ウツクシイ。
世界はときどき美しい。
英題は、LIFE CAN BE SO WONDERFUL 。
チケットを求める観客達が列をなす。
只今、18時開映の15分前。
マルセイユで日本映画が上映されるのは稀なこと。
黒沢明監督の名前すら認識されていない地にあって、
柳沢厚生労働相が 「女性は生む機械」 と失言した
ニュースは、しっかり伝わっていた。
マルセイユでの上映は、映画祭のプログラムの中
から4本を選出して企画されたもの。
『世界はときどき美しい』 をプッシュしてくれたのが、
写真のアンヌとアニエス。顔を合わせるなり LOVE!
を連発しながら映画の感想を伝えてくれた。
この日の上映は、120席全てSOLD OUT!
上映を見守るつもりでいたぼくも席を譲り、
通訳の小林恵さんと一緒に記念撮影。
パリの上映時に通訳を務めてくれた錫木類さん共々、
海外に暮らす個人の行動力と熱意が、
日本映画を 「世界」 とつないでくれる。
上映が終了した後に観客からの質問に答えるのは、
国際映画祭に招かれた監督の重要な仕事。
この日も30分の時間が用意されての質疑応答。
タイムアウトになっても質問の挙手が続き、
劇場ロビーのカフェに場所を移して、更に1時間以上。
海外の映画祭を巡る旅は、07年3月のマイアミからはじまって、
フィラデルフィア、バルセロナ、シンガポール、アテネ、
そしてパリへと続いてきました。
マイアミ国際映画祭での忘れがたいエピソードをひとつ。
上映後の質疑応答を終え、観客を見送っていたぼくの前に、
褐色の肌をした幼い少女が立ち止まった。
聞けば、彼女は13歳。
きゃしゃな体に伏し目がちで、年齢を答えてくれた他は黙ってしまう。
その背中を、傍らに立つお母さんがそっとつつく。
すると彼女は、ぼくと目を合せ、ゆっくり言葉を選んで話しかけてくれた。
「この映画の孤独が、私の中に染み込んでくるようだった・・・」
そう言った後、自分の言葉に照れくさそうにはにかみ、
「でもそれは嫌な感じではなくて、とても嬉しかった」
だから、「ありがとう」 と。
しーんとした眼差しだけがあった。
瞠かれた小さな瞳が小刻みに揺れているのがわかった。
そこに、ぼくが映っていた。
こんな光景を、いつかどこかで経験していたような、
宙に浮くような気分にとらわれて一瞬戸惑ったのだけど、
すぐに思い至った。
ぼくもかつて、こんな風に心細げな震える瞳をしていたことに。
ふだんは気恥ずかしくて言葉にできないような感情も、
ひとたび 「映画」 を介すれば、交換できる。
心はグラデーションになっていて、
マグマが煮えたぎるような部分から、きよらかに澄みきった部分まで
濃淡の層になっている。
ハートの重心は、その振幅の中で揺れ続けるばかり。
その複雑な 「ひとり」 を、しなやかに受けとめることができたら、
孤独であることはみじめなことではないし、
避けるべき否定的なことでもないはず。
喜びも、流す涙も、わずらわしい喜怒哀楽の変化も、
だんだんに自分という存在を準備し、作り上げていくプロセスだ。
そうして確かめられた大切なところだけを、誰かにプレゼントする。
・・・できたら、と思う。
いつか。
話は、KINOTAYO映画祭に戻ります。
観客投票による栄えある新人監督賞を受賞したのは、
『ヨコハマメリー』 の中村高寛監督。
中村さんとはマイアミ国際映画祭での時間を供にして以来、
交流を深めさせていただいている間がら。
『世界はときどき美しい』 の公開時には力強い応援を受けました。
顔を合わせる機会は少ないけれど、
ぼくの数少ない友人と呼べる大切なひとり。
彼は現在、物議をかもしているドキュメンタリー映画の
公開を実現するために尽力しているところ。
無責任な応援は逆に失礼かもしれないけど、がんばれ!
負けないでください。
観客賞を受賞したのは坪川拓史監督の 『アリア』。
未だ日本未公開の作品。
一日も早くスクリーンにたどり着ける日を願っています。
そして、ぼくは・・・
映画祭や公開初日に立ち会った映画館で、
帰路につく別れの場で必ず投げかけていただいた言葉を、
心の中で反芻しています。
「次の映画を持って、また来てください!」
このブログへ訪れてくれた人たちへ。
ありがとうございます。
心から。